近頃、「競争」や「市場」という言葉のイメージがよろしくない。「競争は格差を生み出す」などといって、競争は、昨今怨嗟の的となっている格差社会の元凶と見られている。そればかりではない。90年代に盛んに提唱された「規制緩和」による競争促進政策もいまや全否定されそうな勢いである。また、「市場」のメリットを少しでも強調しようものなら、あっという間に「市場原理主義者」のレッテルを貼られてしまう。「市場原理主義者」といえば、ひととき隆盛を究めた新自由主義(ネオ・リベ)としばしば同一視されたあの一群の人々(必ずしも正確には一致するものではないが)。多くの人は、彼らのことを、経済学上の空虚な理論を振りかざし、これを崇拝する教条主義者とみている。
こうした「競争」や「市場」のイメージの低下、すなわち、これらへの信頼の低下は、資本主義を曲がりなりにも標榜するわが国において看過しがたい問題といわなければならない。とりわけ、筆者のように独占禁止法を中心とする経済法を専門とする人間からすれば、その存立基盤を揺るがしかねない。それは、独占禁止法がその名をもって示しているように「独占」を「禁止」する法律なのではなく、「公正かつ自由な競争を促進する」という、いわば「市場」の「競争」を促進することを目的とする法律だからである。独占禁止法も、ひいては資本主義というものも、一般国民の「市場」や「競争」というものに対する信頼を基盤として成り立っているのである。
ここ数年、よく読まれた新書に大竹文雄『競争と公平感---市場経済の本当のメリット』(中公新書、2010年)がある。労働経済を専門にする経済学者の手によるものだが、この本の冒頭において興味深い調査結果が示されている。これは、米国における調査機関ピュー研究所によって行われた国際的な意識調査である(Pew Research Center, 2007)。
ここで、日本は資本主義諸国の中で、例外的に「市場」や「競争」への拒否反応が強い国であるとの結果が出ているのだ。確かに、この結果に共感を寄せる人も多いのかもしれない。しかし、この結果を素直に受け入れてよいものだろうか?わたしたちは、市場の競争を通じて現在の経済発展を手に入れてきたはずである。果たして、市場や競争はデメリットばかりなのだろうか?(つづく)
0 件のコメント:
コメントを投稿