経済法という分野を専門としているせいか、企業の法務部門とは何かと関わりを持つことが多い。同じ法律を用いて仕事をしているはずなのに、学問の世界でほとんど聞かない言葉が、実務の世界に来るととても重要なものとして取り扱われていることに驚く。たくさんあるが、「コンプライアンス」という言葉はその代表格であろう。
書店などでは「コンプライアンス経営」とか「コンプライアンス体制」といったタイトルの書籍もよく見かけるようになり、すっかり市民権を得たようだ。
これまで、コンプライアンスは、企業活動に伴うリスクへの対処やその予防(リスク・マネジメント)との関わりで取り上げられてきた。金融リスク、財務リスク、商品・開発リスクや雇用リスクなど企業活動に伴うリスクには、じつに多様なものが考えられ、リスク・マネジメントとして語られるコンプライアンスは、法令違反や契約の不履行、権利侵害など法的なリスクが多くを占める。そのためかもしれない。いつのまにかコンプライアンスに「法令遵守」という訳語があてられるようになった。
コンプライアンスに「法令遵守」という訳語をあてるのには違和感がある。コンプライアンス(compliance)は、comply(応じる、合致する)という動詞の派生語で、「共に +(糸などを)織る(com + plere)」というラテン語に由来する。ここから、「応諾」とか「合致する」という意味が出てくるわけだ。ちょうど日本語には「折り合う(織り合う)」という言葉があるが、こんなニュアンスではないかと思う。「法令遵守」とは似ても似つかない。
コンプライアンスを考えるうえでステークホルダー(利害関係者)という概念が重要になる。企業は一つの社会的存在として、さまざまなステークホルダーと関わりを持ちつつ事業活動を行っている。ここで「関わり」というのは、契約など取引上の関係にとどまりまらない。その企業が立地する土地の住民や、地方自治体、国も含め、企業活動に関わりのある人びとを想定している。企業が社会のなかで存在し、事業を展開していくには、ステークホルダーの意向を理解し、受け入れ、社会の価値観に沿った経営をすることが求められる。
このように、コンプライアンスとは、市民として自らの属する社会の要請を受け入れ、これと折り合いながら行動していくことである。こうした行動は、企業も市民としての義務や公共心に裏付けられた、より高い規範意識に基づかなければならないわけで、単なる「法令遵守」とはまったく異なるものなのである。
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