2012年1月29日日曜日

【今野敏『疑心-隠蔽捜査3』(新潮文庫・2012年)】

日頃全くといってよいほど小説を読まないわたしだが、この人の作品についてだけは、「はまりすぎてはいけない」と自制心を働かせ、ガマンのためいくつかのハードルをあえて設けている。
 それは、(1)シリーズを限定する、(2)購入は文庫版だけ、(3)なるべく新刊情報を追いかけない、の三つ。
 だが、昨日、オフィスからの帰りがけ、駅ナカの本屋でこの人の新刊が平積みされているのを見てしまった。今月の新潮文庫の新刊だった。出会ってしまった以上、迷わず購入。買ったら最後、徹夜をしてでも読み終わるまで止まらない。結局、昨晩は、午前2時過ぎまで夜更かしをしてしまった。
 今野敏著『疑心-隠蔽捜査3』(2009年)。『隠蔽捜査』(2006年)・『果断-隠蔽捜査2』(2008年)に続くシリーズの第三弾。文庫版はおよそ2-3年くらいのインターバルをおいて刊行される。
 きっかけは、母校の高等学校の50周年イベント。作者の今野敏氏は高等学校の先輩。正確なタイトルは忘れたが、数年前に「出版文化の未来」というようなテーマでささやかなシンポジウムが催されたことがある。わたしは、このシンポジウムの司会を依頼された。同氏はそのときのパネラーのおひとり。
 同氏の作品はテレビドラマ「班長」シリーズの原作にもなっており、たいへんな「売れっ子」だと聞いていた。しかし、テレビドラマはほとんど見ない上、小説の類も「鬼平」シリーズ以外熱心に読んだこともなく、正直関心の射程外で、お名前も恥ずかしながら存じ上げなかった。それでも、先輩でもあるし、シンポジウムでご一緒する以上、作品の一つくらいは目を通しておこうと、ふらっと入った本屋で手に取ったのが、文庫版の『隠蔽捜査』。そして、はまった。
 警察小説をそれほどたくさん読んでいるわけではないが、どの作品もストーリーの展開がユニークである。事件が起こり、それを振り返り、推理を働かせ、解決に至るという、現在と過去を行き来するこの手の作品群とは一線を画していることは確かだ。とにかく時系列に沿って、状況が展開する。主人公の置かれた状況と判断が、スピーディに臨場感をもって描かれる。読む者を放さない、今野敏の文章。巧みである。
 実は、<隠蔽捜査>シリーズは、すでにハードカバー版で最新刊の『転迷-隠蔽捜査4』と『初陣-隠蔽捜査3.5』が刊行されている。もちろん、読みたいのはやまやまだが、文庫版が出るのを待つことにしている。

2012年1月27日金曜日

【荒川洋治『昭和の読書』(幻戯書房、2011年)】

先日の朝日新聞夕刊の文芸欄で取り上げられたのが本書購入のきっかけ。この本が起こしたちょっとした「物議」に興味を惹かれ読んでみたのだが、版元の幻戯書房がHPでコメントしているように、そんな過激な内容ではなかったように思う。ただ、文学をめぐるこれらの文章には、現代の文学シーンに「もの申す」姿勢があちらこちらに見られることは確かだ。特にページ数にして本書の6割を占める書き下ろし、「昭和の読書」、「昭和の本」、「名作集の往還」、「詞華集の風景」においてそれは顕著である。先の記事は、これらの「書き下ろし」に注目したのだろう。
 それにしても、荒川洋治という人は余程本が好きなのだろう。気に入った本なら、同じ本でも数冊所有し(わかる、わかる......)、かつてしばしば刊行された日本文学全集の類において、個別の作家に充てられた巻にどの作品が収載されたのか(文学全集の編者が個々の作家のどの作品を代表作と考えていたのか)を比較検討している。もはや、エッセイを通り越して、文学全集からみた出版史であり、文学史の様相を呈している。この徹底さ、彼のやり方なのだろう。
 他の本をめぐるエッセイの多くは新聞の連載の再録。流行作品ではなく、かつてよく読まれたものが復刊されたのを機に取り上げているようだ。これは一つの手である。紹介されて読みたくなっても、なかなか手に入らないというのでは興ざめである。本書はよき文学(作品)案内であり、荒川洋治はよき文学の案内人である。そして、幻戯書房の最近の仕事、気になる出版社である。

2012年1月21日土曜日

【没後30年 西脇順三郎 大いなる伝統】

この1月10日から慶應義塾大学の南別館アート・スペースで「西脇順三郎 大いなる伝統」展が開催されている(2月24日まで)。今年は、慶應義塾大学の文学部教授で、詩人でもあった西脇順三郎の没後30年にあたる。これを機に同大学アート・センターに「西脇順三郎アーカイブ」を開設し、今回はこれを記念しての展示である。それほど、大きなスペースではないが、50数点に及ぶ著書・関連する雑誌・詩稿・ノート・書簡などが展示されている。
 T.S.エリオットの『荒地』は、西脇の訳でわが国に広く知られることとなるが、その訳稿の展示もある。多くの訳でさまざまな表現が与えられる『荒地』だが、「四月は極めて残酷な月だ」ではじまる西脇訳はこのノートに書かれている。また、大学時代にこの本と出会い、わたしがこの世界にふれる契機となった西脇著『詩学』(筑摩書房・1968年)。後に筑摩選書となるのだが、ハードカバー版は実は初見。筑摩選書版は、つねに手近に置いておきたいとの思いから、古書店で見つけるたび購入し、いまわたしの手元に3冊ある。同展で配布されている冊子も、西脇にはじめて触れる人に、西脇作品や同氏の作品に背景について知るのにとても便利。
 明日(20日)に講演会が予定されているようだが、法科大学院の講義が入っているので、サボるわけにもいかず、残念ながら欠席。

2012年1月17日火曜日

【荒川洋治『忘れられる過去』(朝日文庫・2012年)】

先日、六本木の青山ブックセンターで購入した荒川洋治『忘れられる過去』(朝日文庫・2012年)読了。詩人である荒川洋治のエッセイを読みたいと思ったのは、新学社の保田与重郎文庫の28巻に同氏が寄せていた解説を読んだからである。保田与重郎の「日本の橋」を素材に展開する同氏の解説は、保田与重郎の流麗な文章にすっかり魅せられている。「日本の橋」だけではないが、読んでみれば分かる日本語に「うっとりする」という感覚。本の上ではあれ、荒川洋治もこの経験を共有できる人であったということを知り、とてもうれしくなった。この厚くもない文庫本に74篇ものエッセイ。一つ一つは長くなく、通勤電車の中で読むにはちょうどいい長さ。一つ一つが、ウィットにとみ、ぴりっといい味を出しているのは、筆者のうまいところ。

2012年1月8日日曜日

【筒井清忠編著『政治的リーダーと文化』(千倉書房、2011年)】

昨年6月に出版された筒井清忠氏の編による『政治的リーダーと文化』(千倉書房)は、どの論文を読んでもユニークな視点に基づく興味深いものであった。
 瀧井一博氏による「『知』の国制」は、伊藤博文が政策シンクタンクとして大学(帝国大学・国家学会)を、現実政治の中から議会へ政策的知見を吸い上げるパイプとして政党(立憲政友会)を構想し、統治に文明作法を導入した「知の政治家」として評価する一方、彼の主知主義的なその思想故に民族主義的なナショナリズムを最後まで理解できず、またそれに足もとをすくわれた。ここに、政治的リーダーシップにおける合理性の追求と非合理性への目配せの微妙な問題を見る。
 また、奈良岡聰智氏による「近代日本政治と『別荘』」は、大磯を始めとする湘南の別荘地の形成と、近代日本政治における別荘の果たした役割、そしてその消滅を描き、政治プロセスや政治家を研究対象としてきた日本政治史研究の対象に「場」という新たな要素を持ち込んだ。そして、湘南の「別荘」地の形成には、ここでも伊藤博文の知性と開放的な性格が大きく寄与していたとの指摘。『坂の上の雲』・『翔ぶが如く』での伊藤は、哲学なき周旋家、思想なき現実主義者として描かれているが、この司馬史観に対するもう一つの伊藤像が、両論文では示されている。「知の政治家」伊藤博文の読み直しが、再び起こるかもしれない。
 出色は、細谷雄一氏による「貴族の教養、労働者の教養」である。第二次世界大戦前・戦間期・戦後までの20年間にわたって英国外交を支えた二人の政治指導者、アンソニー・イーデンとアーネスト・ベヴィンの友情と両人の卓越した資質に注目し、それを育んだ社会的背景は何だったのかを問う。保守政治家のイーデンは上流階級の出自、イートン校・オックスフォード大出のエリート。他方、労働党政治家のベヴィンは貧しい農家の私生児で母親とも8歳で死別、その後労働者となる。異なる階級、異なる政党に属する二人の政治家が、なぜかくも緊密な信頼関係と協力関係を築くことができたのか。彼らに見る優れた外交指導者に必要な資質とは何か。
 貴族階級の没落と労働者階級の勃興。政治の舞台が庶民院に移った。そこで二人の運命は交錯し合う。確かに、両人の知識と政治能力を磨いた場所は違い、教養や知識の意味も大きく異なっていた。だが、実際の経験や試練によって能力を磨き、自立した精神によって道を切り拓き、勤勉さと誠実さによって交渉を進めていく二人の資質は、多くの点で共通していた。おそらく、ここから一つのことが言える。政治的指導者に必要な知性は、難局に向き合った経験と相手からの信頼を増幅させる力によって築かれる。これらは後天的なものである上、獲得するのに出自は関係ない。難局を経験し、それらをどう克服してきたかによる、と。

2012年1月5日木曜日

無惨な景観、あるいは目障りな電線の混雑

いま、澄みわたる冬の空をさえぎるのは、都心にあっては折り重なる高層ビル群。そして、郊外にあっては、街路と並走し、ときに横切る電線たち。試みに、最寄りの電柱を見上げてほしい。
 黒いケーブルが複雑に幾重にも交差し、絡みつき、隣の電柱へと架かる。垂直にのびる柱が接近するたびに黒色のワイヤの密集が繰り返される。電柱は、それだけ多くの電線を支えるわけだから、金属製のベルトを何本も巻き付けられ、そこから水平に金属製の腕(かいな)がのびている(腕金と呼ぶらしい)。
 街中を歩いていて、わずかに視線を上げるだけで飛び込んでくる「無惨な景観」が、そこここにある。
 こうした景観は、ブロードバンド・サービスの普及によって顕著となった。しかし、わが国におけるブロードバンド・サービス普及の立役者であったADSLは、かねてから敷設されていた電話回線を重畳化してサービスを行っていた上、他社にも回線を開放していたので、ここまではひどくならなかった。
 にわかに電柱が混み始めたのは、FTTHサービスが一般化してからのようだ。従来からの電話回線敷設の優位性を利用し、FTTHサービスにおいて圧倒的なシェアを占めるNTT東西に加え、電力線を買収しサービスを展開するKDDI、ケーブルテレビを利用しサービスを提供するケーブルテレビ各社が、それぞれに光ファイバー回線を敷設し、電柱を利用するものだから混雑することとなる。
 では、「無惨な景観」を解消するにはどうすればよいか。FTTHサービスを提供する会社を絞り込めばよいのか。仮に1社に集約すれば、電柱の混雑はいくらか緩和するかもしれない。しかし、われわれは単一の事業主体が提供するサービスを甘んじて受けなければならなくなる。サービスの多様性を維持したまま、つまり、サービスの競争を維持したまま電柱の混雑を解消するには、光ファイバー回線を複数の事業者で共用することである。ADSLと同様、回線を開放することである。(つづく)