北海道の実家に帰ると、ひまさえあれば天井まであるスチール本棚の前にいる。そして、中学・高校・大学とかつて読んだ本を引っ張り出してはしばし立ち読みに興じる。
今回は、帰省する前に立ち寄った札幌の本屋さんで、たまたまアイヌ関係の本をいくつか目にし、複数冊購入していたこともあり、実家でもそれが気になって、アイヌ関連の本ばかりを眺めていた。中でも、知里真志保の『アイヌ語入門---とくに地名研究者のために---』(北海道出版企画センター・1985年)は、語学の入門書ではあるが、いま読んでもたいへん面白く、この一冊を今回再び自宅に持ち帰ることにした。
確か10年ほど前、青山ブックセンターの六本木店で、「著名人の本棚」という企画があり、そこで音楽家の坂本龍一氏がこの本を選んでいたのが出会い。かつて国語の教科書で取り上げられていた知里幸恵の『アイヌ神謡集』の一節「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」というフレーズしか記憶になかったわたしが、アイヌ語やアイヌ、アイヌ文化というものにひきつけられるきっかけになったのがまさにこの本だ。
知里真志保は、『アイヌ神謡集』の著者の知里幸恵の弟にして言語学者。丁寧かつ厳密なアイヌ語理解から導きだされる解釈は他の追随をよせつけない。確かに本書はやさしい書き出しではあるものの、これまでの先行業績があまりにも杜撰なことから、やがてガマンならずにヒートアップしていく。そのテンションが、語学書らしからぬ異様な面白さを醸し出す。アイヌの人びとのものの考え方とそれに裏付けられた厳密な文法解釈。当時権威とされていたジョン・バチェラーの『アイヌ・英・和辞典』(岩波書店・昭和13年)や永田方正の『北海道蝦夷語地名解』(北海道庁・明治24年)が格好の餌食となり、徹底的に批判される。
権威に迎合しない知里真志保の学問の真骨頂である。
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