今年4月1日付で異動し、新しい職場になった。勤めて15年間を過ごした「産業研究所」という大学附置研究所から、大学院法務研究科、俗にいう「法科大学院」ないし「ロースクール」への異動である。
ロースクールが制度として発足して10年余り。ロースクールの周辺は何かと賑やかだ。経営不振のため、撤退する大学が後を絶たず、予備試験合格者の台頭により、法科大学院の、さらには制度それ自体の存在意義さえ問われかねない状況にある。
「何もこんな時期にわざわざ異動しなくても……」と意見、忠告する人も少なくなかった。わたしは、そういった意見や忠告にも真摯に耳を傾けた。異動についての大学内の諸事情については、あれこれ言うまい。もちろん、異動を拒否する選択肢もなくはなかった。だが、そうはいっても、自分が求められている場所で自らの能力を発揮できるのは、至上の喜びである。置かれた状況の中で、自らの役割を認識し、前向きに能力を活かす。これが大切だと考え、決断した。
同じ大学内での異動である上、すでにロースクールで数年来講義を担当してきたことも手伝ってか、周りからはさほど大きな環境の変化とは映らなかったらしい。しかし、物理的・時間的な拘束は、前の職場よりもはるかに多くなり、学内の公職も増えた。
しかし何より大きかったのは、精神的な変化、心境の変化である。それは、「当事者意識」の芽生えとでもいえるかもしれない。同じ大学内であっても、これまでのようにパートタイム(時間講師)的なかたちで関与するのとは大きく違う。「当事者意識」とは、ここでの教育全体に対する責任と直接的な利害関係である。異動後、こうした責任と利害関係を感じるのに、それほど時間はかからなかった。しかし一方で、これまで経験したこともない違和感を感じることもあった。
マス・メディア等で、何かと話題になる法科大学院・ロースクール。どこか情緒的な報道ばかりで、今後を踏まえた一貫した問題提起がなされているとは思えないところがある。最近、インサイダーとなったばかりのわたしの目を通して、この問題を検討しておきたいと思う。
2013年11月6日水曜日
2013年10月7日月曜日
すっかり様変わりした出版流通
今朝、本が届いた。アマゾンからである。たしか、一昨日の深夜に注文したから、もしかしたら注文のタイミングはすでに昨日になっていたかもしれない。だとしたら、翌日に本が届いたことになる。これには全く驚いた。アマゾンが米国で起業し、日本進出を遂げた約十数年前には、こうした状況は全く考えられなかった。
かつては、講義の合間や移動中のちょっとした時間に、よく本屋さんに立ち寄ったものである。それこそ、一日に一度は必ず店頭で新刊書などをチェックしていた。しかし、最近はいささか状況が変化し、休日くらいしか書店に出かけられなくなってしまった。年齢とともに、予定がタイトになり、隙間時間が見出せなくなってしまったからである。
こんな人に、書籍のネット通販はとても重宝である。本との出会いを求めるならば、確かに店頭で眺める魅力も代え難い。だが、物理的に出かけられないのだから、これしかない。次第にネット通販に頼るようになっていく。確かに、はじめは在庫さえあれば「読みたいときにすぐ読める」店頭買いが気持ちの上では優勢だった。ネット通販は、在庫があっても数日待つことも少なくなかった。しかし、今では圧倒的に時間が短縮された。
出版市場が収縮している昨今、一人気を吐くアマゾンだが(書籍小売では日本最大の書店になった)、その勝因は書籍流通の本来的な機能である消費者の注文にきちんと対応していることが大きいと思う。刊行されている全ての書籍を店頭で在庫することは難しい。だから、書籍は本来的に注文で成り立っている流通なのだ。
1980年代後半、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とわが国が自信に満ちあふれていた時期がある。そのとき、出版流通も「ナンバーワン」だと自負していた。確かにそうかもしれない。毎週660万部を発行していた「週刊少年ジャンプ」を発売日までに全国の書店に流通させていた訳だから。
しかし、それが盲点だった。全国に一斉に配送できる流通網は、あくまで雑誌を念頭に置いたもの。注文流通においては必ずしも「ナンバーワン」ではなかったのである。刹那的で移り気な大量流通・大量消費への対応のみで成功を自認し、やや長期にわたる書籍の読者の購買行動への対応は疎かだった。たしかにどちらも消費者の意向といえるかもしれない。しかし、真に大切にすべきはどちらであったのか、その答えは現実という結果が示している。
かつては、講義の合間や移動中のちょっとした時間に、よく本屋さんに立ち寄ったものである。それこそ、一日に一度は必ず店頭で新刊書などをチェックしていた。しかし、最近はいささか状況が変化し、休日くらいしか書店に出かけられなくなってしまった。年齢とともに、予定がタイトになり、隙間時間が見出せなくなってしまったからである。
こんな人に、書籍のネット通販はとても重宝である。本との出会いを求めるならば、確かに店頭で眺める魅力も代え難い。だが、物理的に出かけられないのだから、これしかない。次第にネット通販に頼るようになっていく。確かに、はじめは在庫さえあれば「読みたいときにすぐ読める」店頭買いが気持ちの上では優勢だった。ネット通販は、在庫があっても数日待つことも少なくなかった。しかし、今では圧倒的に時間が短縮された。
出版市場が収縮している昨今、一人気を吐くアマゾンだが(書籍小売では日本最大の書店になった)、その勝因は書籍流通の本来的な機能である消費者の注文にきちんと対応していることが大きいと思う。刊行されている全ての書籍を店頭で在庫することは難しい。だから、書籍は本来的に注文で成り立っている流通なのだ。
1980年代後半、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とわが国が自信に満ちあふれていた時期がある。そのとき、出版流通も「ナンバーワン」だと自負していた。確かにそうかもしれない。毎週660万部を発行していた「週刊少年ジャンプ」を発売日までに全国の書店に流通させていた訳だから。
しかし、それが盲点だった。全国に一斉に配送できる流通網は、あくまで雑誌を念頭に置いたもの。注文流通においては必ずしも「ナンバーワン」ではなかったのである。刹那的で移り気な大量流通・大量消費への対応のみで成功を自認し、やや長期にわたる書籍の読者の購買行動への対応は疎かだった。たしかにどちらも消費者の意向といえるかもしれない。しかし、真に大切にすべきはどちらであったのか、その答えは現実という結果が示している。
2013年9月12日木曜日
グッド・ガバナンスの好機
ここ数年、企業法務を専門とするビジネスパーソンや弁護士を中心に合宿を行っている。メンバーもずいぶんと増えて十数人を数えるようになった。先日も、箱根で二日間勉強をしてきた。わたしの専門から、どうしても独占禁止法・競争法が中心だが、必ずしもこれに限らず、ビジネス活動をしている中で問題となっているものはできるだけ取り上げ議論できるようにしている。
今回は、テーマの一つにプロ・スポーツを取り上げた。プロ・スポーツと独占禁止法とはちょっと不思議な組合せと感じるかもしれないが、実はとても深い関係がある。特に欧米において。ちょうど、旧知の友人にスポーツ・エンターテインメント業界で活躍している弁護士がいたので、彼を紹介しこの研究会で報告してもらうことにした。内容は、プロ・スポーツにおける取引慣行(球団と選手の契約、球団間の協定、球団やその他の組織と企業等々)が、欧米においてどのように取り上げられ、ドラフト制度や保留権、フリーエージェント、ポスティング・システム等々の問題を、独占禁止法・競争法を使ってどのようにこれらの問題を解消してきたかについて説明を受けた。わが国においては、幾度となく改善へ向けた提案が主張され、そのたびに棚上げ、後回しにされてきた問題である。
これらの問題については、どこかで話をすることもあるかと思うが、今回、一つ、とても印象に残ったことがある。ちょうど、2020年のオリンピック開催が東京に決まったその日、彼が言った一言だ。「イギリスでは、ロンドンオリンピックに向けて、スポーツ団体の改革が大きく進展した。それは、イギリスのスポーツ界に世界的な注目が集まったとき、スポーツ団体の組織運営に問題があったのでは、世界的に恥をさらすことになると皆が考えたからなのだ」。
わが国も、全柔連の一連の不祥事など、スポーツ団体の問題には事欠かない。このオリンピックを機会に、業界団体の運営の問題に目を背けるのではなく、進んでこの問題に取り組んでほしいものだと思う。わが国は、「恥の文化」であるだけに。
今回は、テーマの一つにプロ・スポーツを取り上げた。プロ・スポーツと独占禁止法とはちょっと不思議な組合せと感じるかもしれないが、実はとても深い関係がある。特に欧米において。ちょうど、旧知の友人にスポーツ・エンターテインメント業界で活躍している弁護士がいたので、彼を紹介しこの研究会で報告してもらうことにした。内容は、プロ・スポーツにおける取引慣行(球団と選手の契約、球団間の協定、球団やその他の組織と企業等々)が、欧米においてどのように取り上げられ、ドラフト制度や保留権、フリーエージェント、ポスティング・システム等々の問題を、独占禁止法・競争法を使ってどのようにこれらの問題を解消してきたかについて説明を受けた。わが国においては、幾度となく改善へ向けた提案が主張され、そのたびに棚上げ、後回しにされてきた問題である。
これらの問題については、どこかで話をすることもあるかと思うが、今回、一つ、とても印象に残ったことがある。ちょうど、2020年のオリンピック開催が東京に決まったその日、彼が言った一言だ。「イギリスでは、ロンドンオリンピックに向けて、スポーツ団体の改革が大きく進展した。それは、イギリスのスポーツ界に世界的な注目が集まったとき、スポーツ団体の組織運営に問題があったのでは、世界的に恥をさらすことになると皆が考えたからなのだ」。
わが国も、全柔連の一連の不祥事など、スポーツ団体の問題には事欠かない。このオリンピックを機会に、業界団体の運営の問題に目を背けるのではなく、進んでこの問題に取り組んでほしいものだと思う。わが国は、「恥の文化」であるだけに。
2013年8月16日金曜日
【知里真志保『アイヌ語入門---とくに地名研究者のために---』(北海道出版企画センター・1985年)】
北海道の実家に帰ると、ひまさえあれば天井まであるスチール本棚の前にいる。そして、中学・高校・大学とかつて読んだ本を引っ張り出してはしばし立ち読みに興じる。
今回は、帰省する前に立ち寄った札幌の本屋さんで、たまたまアイヌ関係の本をいくつか目にし、複数冊購入していたこともあり、実家でもそれが気になって、アイヌ関連の本ばかりを眺めていた。中でも、知里真志保の『アイヌ語入門---とくに地名研究者のために---』(北海道出版企画センター・1985年)は、語学の入門書ではあるが、いま読んでもたいへん面白く、この一冊を今回再び自宅に持ち帰ることにした。
確か10年ほど前、青山ブックセンターの六本木店で、「著名人の本棚」という企画があり、そこで音楽家の坂本龍一氏がこの本を選んでいたのが出会い。かつて国語の教科書で取り上げられていた知里幸恵の『アイヌ神謡集』の一節「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」というフレーズしか記憶になかったわたしが、アイヌ語やアイヌ、アイヌ文化というものにひきつけられるきっかけになったのがまさにこの本だ。
知里真志保は、『アイヌ神謡集』の著者の知里幸恵の弟にして言語学者。丁寧かつ厳密なアイヌ語理解から導きだされる解釈は他の追随をよせつけない。確かに本書はやさしい書き出しではあるものの、これまでの先行業績があまりにも杜撰なことから、やがてガマンならずにヒートアップしていく。そのテンションが、語学書らしからぬ異様な面白さを醸し出す。アイヌの人びとのものの考え方とそれに裏付けられた厳密な文法解釈。当時権威とされていたジョン・バチェラーの『アイヌ・英・和辞典』(岩波書店・昭和13年)や永田方正の『北海道蝦夷語地名解』(北海道庁・明治24年)が格好の餌食となり、徹底的に批判される。
権威に迎合しない知里真志保の学問の真骨頂である。
今回は、帰省する前に立ち寄った札幌の本屋さんで、たまたまアイヌ関係の本をいくつか目にし、複数冊購入していたこともあり、実家でもそれが気になって、アイヌ関連の本ばかりを眺めていた。中でも、知里真志保の『アイヌ語入門---とくに地名研究者のために---』(北海道出版企画センター・1985年)は、語学の入門書ではあるが、いま読んでもたいへん面白く、この一冊を今回再び自宅に持ち帰ることにした。
確か10年ほど前、青山ブックセンターの六本木店で、「著名人の本棚」という企画があり、そこで音楽家の坂本龍一氏がこの本を選んでいたのが出会い。かつて国語の教科書で取り上げられていた知里幸恵の『アイヌ神謡集』の一節「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」というフレーズしか記憶になかったわたしが、アイヌ語やアイヌ、アイヌ文化というものにひきつけられるきっかけになったのがまさにこの本だ。
知里真志保は、『アイヌ神謡集』の著者の知里幸恵の弟にして言語学者。丁寧かつ厳密なアイヌ語理解から導きだされる解釈は他の追随をよせつけない。確かに本書はやさしい書き出しではあるものの、これまでの先行業績があまりにも杜撰なことから、やがてガマンならずにヒートアップしていく。そのテンションが、語学書らしからぬ異様な面白さを醸し出す。アイヌの人びとのものの考え方とそれに裏付けられた厳密な文法解釈。当時権威とされていたジョン・バチェラーの『アイヌ・英・和辞典』(岩波書店・昭和13年)や永田方正の『北海道蝦夷語地名解』(北海道庁・明治24年)が格好の餌食となり、徹底的に批判される。
権威に迎合しない知里真志保の学問の真骨頂である。
2013年8月15日木曜日
【「クローズアップ現代詩」『SPUR』2013年9月号】
柄にもなく『SPUR』といういわゆる「赤文字系」(?)ファッション誌を買ってみた(『SPUR』が真に赤文字系かどうかは中身を知らないので評価はできない)。たまたま眺めていたTwitterで「『SPUR』9月号で荒川洋治が現代詩について語っている!」という書き込みを見たからだ。
実際、本屋に行って『SPUR』を見ると、表紙にはそんな記事が載っているなんて出ていない。だから、買うときにはちょっと勇気が要ったが、256ページ以下の「クローズアップ現代詩」(タイトルは某公共放送の有名番組を狙ったもの!)という6ページにわたる記事は、「さすが荒川洋治!」と唸らせる柔らかくも硬派な現代詩の紹介となっていた。
「世間にあふれる、安易な”感動”やお手軽な”癒やし”に、ちょっとうんざりしていませんか?」と何とも挑戦的な一言。現代詩についての素朴な疑問に荒川流の見事なお答え。わずかな紙面にポイントを押さえた解説が加えられている。詩の世界はそれ自体を味わうのがベストであって、解説を加えると得てして野暮になるのだが、荒川洋治の手にかかればそんなことはない。上手い具合に鑑賞の手ほどきをしてくれているし、われわれを上手に詩的な気分へと導いてくれている。
「うまいなぁ」と思わず感心したのが「どの詩人から読むのがいいの?」という問いへの答え。「親しみやすくて深い詩を知りたい→黒田三郎、辻征夫。ことばに戦慄したい→吉岡実、谷川雁。意識を拡張したい→飯島耕一、伊藤比呂美。人間の極限を知りたい→石原吉郎、井坂洋子。・・・」。ここに現れた全員の詩を読んだ訳ではないが、確かに吉岡実と谷川雁には「戦慄」したし、石原吉郎や井坂洋子には「極限」を感じた。
「ことばの組み合わせから生まれる、新しい世界」へのごく短い、ささやかな誘い。それにしても、一体誰がこんな企画を持ち込んだのだろう。。。楽しませてもらったけど。。。
実際、本屋に行って『SPUR』を見ると、表紙にはそんな記事が載っているなんて出ていない。だから、買うときにはちょっと勇気が要ったが、256ページ以下の「クローズアップ現代詩」(タイトルは某公共放送の有名番組を狙ったもの!)という6ページにわたる記事は、「さすが荒川洋治!」と唸らせる柔らかくも硬派な現代詩の紹介となっていた。
「世間にあふれる、安易な”感動”やお手軽な”癒やし”に、ちょっとうんざりしていませんか?」と何とも挑戦的な一言。現代詩についての素朴な疑問に荒川流の見事なお答え。わずかな紙面にポイントを押さえた解説が加えられている。詩の世界はそれ自体を味わうのがベストであって、解説を加えると得てして野暮になるのだが、荒川洋治の手にかかればそんなことはない。上手い具合に鑑賞の手ほどきをしてくれているし、われわれを上手に詩的な気分へと導いてくれている。
「うまいなぁ」と思わず感心したのが「どの詩人から読むのがいいの?」という問いへの答え。「親しみやすくて深い詩を知りたい→黒田三郎、辻征夫。ことばに戦慄したい→吉岡実、谷川雁。意識を拡張したい→飯島耕一、伊藤比呂美。人間の極限を知りたい→石原吉郎、井坂洋子。・・・」。ここに現れた全員の詩を読んだ訳ではないが、確かに吉岡実と谷川雁には「戦慄」したし、石原吉郎や井坂洋子には「極限」を感じた。
「ことばの組み合わせから生まれる、新しい世界」へのごく短い、ささやかな誘い。それにしても、一体誰がこんな企画を持ち込んだのだろう。。。楽しませてもらったけど。。。
【猪木武徳『公智と実学』(慶應義塾大学出版会、2012年)】
折に触れ、その人がどんなふうにモノを見ているかを参照したくなる知識人がいる。その人の著書を身近においておきたいと思う人がいる。わたしにとって、猪木武徳氏はそんな存在だ。大学学部時代に読んだ『経済思想』(岩波書店、1987年)は、法律学を専攻していたわたしにとってもきわめて有意義な内容で、その後に起こった数多くの困難な問題に直面したときにも、常に振り返り重要な示唆を得ることができる一冊となっている。また、20代のときに、ここで取り上げられた法学・哲学・経済学等の古典をしらみつぶしに取り組んだことが、自らの市場観、資本主義観を育むことにつながったように思う。その後に刊行された書き下ろしの『戦後世界経済史---自由と平等の視点から』(中央公論新社、2009年)や『自由と秩序---競争社会の二つの顔』(中央公論新社、2001年)や、エッセイなどをまとめた『デモクラシーと市場の論理』(東洋経済新報社、1997年)も、共感するところが多く、いまもなおしばしば読み返す。
去年刊行された『公智と実学』(慶應義塾大学出版会、2012年)は、数多い猪木氏の著作の中でもちょっとユニークな一冊である。前半は、新聞紙上などで公表された時論をまとめ、後半は講演録で関係諸誌に掲載されたものを収録している。一見するとそれだけかと思いきや、ここで取り上げられているのは、いずれも福澤諭吉の思想に触れたものばかり。『学問のすすめ』や『文明論之概略』など主要な著書が取り上げられ、猪木氏の読みが示される。
本書のタイトル『公智と実学』の「公智」とは、「人事の軽重大小を分別し、何を優先すべきか時と場所とを察しつつ判断する働き」のことで、「物の理を究めてこれに応ずる働き」である「私智」とは区別される。「私智」とは、福澤先生に言わせれば「工夫の小智」であり、学校で習うような知識、すなわち受験勉強のようなもの。しかし、文明にとって真に大切なのは、大局的な価値判断能力(もちろん、「工夫の小智」に裏付けられた)。福澤先生が言うところの「聡明の大智」(=公智)。福澤の思想はしばしば「私」の思想と捉えられがちだが、じつは「公(パブリック)」を意識した思考の体系であることが猪木氏の語りによって明らかにされる。
猪木先生の良さは、経済問題などの社会的な問題に対する分析には「実学」、つまり「サイエンス(科学)」の方法をもってし、その価値判断の基底には浩瀚な人文学的教養(ヒューマニティーズ)を有していることである。きっと、このことが単なる有識者・学識経験者にとどまらない、その領分をはるかに凌駕した知識人とみられる所以なのだと思う。
去年刊行された『公智と実学』(慶應義塾大学出版会、2012年)は、数多い猪木氏の著作の中でもちょっとユニークな一冊である。前半は、新聞紙上などで公表された時論をまとめ、後半は講演録で関係諸誌に掲載されたものを収録している。一見するとそれだけかと思いきや、ここで取り上げられているのは、いずれも福澤諭吉の思想に触れたものばかり。『学問のすすめ』や『文明論之概略』など主要な著書が取り上げられ、猪木氏の読みが示される。
本書のタイトル『公智と実学』の「公智」とは、「人事の軽重大小を分別し、何を優先すべきか時と場所とを察しつつ判断する働き」のことで、「物の理を究めてこれに応ずる働き」である「私智」とは区別される。「私智」とは、福澤先生に言わせれば「工夫の小智」であり、学校で習うような知識、すなわち受験勉強のようなもの。しかし、文明にとって真に大切なのは、大局的な価値判断能力(もちろん、「工夫の小智」に裏付けられた)。福澤先生が言うところの「聡明の大智」(=公智)。福澤の思想はしばしば「私」の思想と捉えられがちだが、じつは「公(パブリック)」を意識した思考の体系であることが猪木氏の語りによって明らかにされる。
猪木先生の良さは、経済問題などの社会的な問題に対する分析には「実学」、つまり「サイエンス(科学)」の方法をもってし、その価値判断の基底には浩瀚な人文学的教養(ヒューマニティーズ)を有していることである。きっと、このことが単なる有識者・学識経験者にとどまらない、その領分をはるかに凌駕した知識人とみられる所以なのだと思う。
【『政治わが道---藤山愛一郎回想録』(朝日新聞社、1976年)】
新橋駅のSL広場で折に触れ開催される古書市。わざわざ出かける必要がないので、いまでは神田の古書街よりもよっぽど身近な存在である。先日そこをブラついていて偶然見つけたのがこの本『政治わが道---藤山愛一郎回想録』。藤山さんの最後の著作で、確かに、この本の中でもご本人自ら「この『回想録』をもって、もうあまり過去は語らないことにしようかとも思っている」と書いている。
本書は、内容的には先の『私の履歴書』の続編。財界人を「卒業」し、政界に移った後の回想録である。岸信介の盟友として懇願され、財界から政界への華麗なる転身。外務大臣として取り組んだ安保改定とそれに先立つ外交交渉の緊張感。三度にわたる総裁選への挑戦と政治力学に翻弄され、影響力を徐々に失っていく藤山派の落日。失意を跳ね返すように取り組んだ日中友好。
「事実は小説よりも奇なり」というが、藤山さんの人生こそ、それに相応しい。
財界人のときは、20社以上の社長を務め、政界に入ってみると収入は20分の1になっていたという。自ら率いていた企業グループの株式や集めていた絵画の数々、白金にあった土地や邸宅などを派閥維持のために投じ、政界を引退するときには私財はほとんど残っていなかった。そんな自らを評し「絹のハンケチも泥にまみれたよ」と言ってのける、見事な「井戸塀」ぶり。
玄人筋からいえば、本書の記述が、踏み込みが足りないとか、もう一つの裏面があったのでは?と思わせる点もないわけではないようだ。だが、本書は、きっと藤山さんの率直な感想を綴ったものであり、その見たまま、感じたままを記したものなのだろうと思う。藤山さんは、そんな打算などとは無縁の人だった。もし、打算的に行動し、人の裏読みに長けた人ならば、このような散財を自ら買ってはしないはずだからである。
本書は、内容的には先の『私の履歴書』の続編。財界人を「卒業」し、政界に移った後の回想録である。岸信介の盟友として懇願され、財界から政界への華麗なる転身。外務大臣として取り組んだ安保改定とそれに先立つ外交交渉の緊張感。三度にわたる総裁選への挑戦と政治力学に翻弄され、影響力を徐々に失っていく藤山派の落日。失意を跳ね返すように取り組んだ日中友好。
「事実は小説よりも奇なり」というが、藤山さんの人生こそ、それに相応しい。
財界人のときは、20社以上の社長を務め、政界に入ってみると収入は20分の1になっていたという。自ら率いていた企業グループの株式や集めていた絵画の数々、白金にあった土地や邸宅などを派閥維持のために投じ、政界を引退するときには私財はほとんど残っていなかった。そんな自らを評し「絹のハンケチも泥にまみれたよ」と言ってのける、見事な「井戸塀」ぶり。
玄人筋からいえば、本書の記述が、踏み込みが足りないとか、もう一つの裏面があったのでは?と思わせる点もないわけではないようだ。だが、本書は、きっと藤山さんの率直な感想を綴ったものであり、その見たまま、感じたままを記したものなのだろうと思う。藤山さんは、そんな打算などとは無縁の人だった。もし、打算的に行動し、人の裏読みに長けた人ならば、このような散財を自ら買ってはしないはずだからである。
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