2013年7月8日月曜日

主語によって現れる憲法の意味---「伝統」というもののとらえ方(2)

 昨年の427日に公表された自由民主党による「改憲草案」の憲法前文は、以下のとおりである(なお、改行と段落の箇所にはスラッシュ(/)を入る)。
 「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。/我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。/日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。/我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。/日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する」。
 憲法前文の重要性はいまさら語るまでもない。前文は、憲法を制定するに至った背景や理由、そしてその目的を明らかにするだけでなく、これにつづく具体的な規定を解釈する際の指導原理にもなる。新たな基本的人権のよりどころとなる場合だってある(少なくともこれまでは)。
 ぜひ現行の日本国憲法と読み比べてもらいたい。草案の内容は一見するともっともにみえる。しかし、この憲法草案に対する違和感は拭えない。もちろん、ここでは日本語としての美しさやリズム感についての問題は別である(主観的な問題だと言われるので)。
 前文冒頭に見える文章の主語に着目する。現行の憲法では、前文各文の主語はいずれも「日本国民は......」の言葉で始められていることに気づく。憲法草案ではどうか。冒頭の文章の主語は「日本国」である。「日本国民」が主語になるのは、三段落目以降からである。
 憲法全体の基調を奏でる前文において、主語はことのほか重要だ。誰が主体となって憲法が制定されるに至ったのか、したがって誰の下に主権というものが存在するのかを一つの単語によって記すのではなく、文章全体をもって語るからである(つづく)。