2014年10月6日月曜日

移動体通信事業において求められる競争とは?

 総務省やその審議会を構成する有識者も眉をしかめる大手携帯三社による「極端な値引き」と「高額キャッシュバック(現金還元)」。しかし、これまで見てきたとおり、スマートフォン端末と電気通信回線サービスとをセット販売を行っている実態を前提とすれば、独占禁止法で禁止される不当廉売にも、景品表示法で禁止される不当表示・不当景品類にも、当たるというにはやや難がある。
 たしかに、一部の乗換えユーザーのみがメリットをうけ、なかなかメリットが受けられない一般ユーザーの不満は当然である。しかも、もともとこの市場において必要とされる競争は、一部ユーザーに利益を供与することによる競争ではない。移動体電気通信サービスそれ自体の料金やそのサービス内容をめぐっておこなわれる競争でなければならないはずだ。
 しかし、たとえ「極端な値引き」や「高額キャッシュバック(現金還元)」が望ましくない不当な競争であったとしても、違法とまではいえない以上、(事実はどうかわからないが)事業者間で話合ってこれらの行為を止めたり、今回のように行政指導類似行為を通じて止めさせたりすることは、むしろ独占禁止法で禁止されるカルテルだとの疑いを免れず、許されない。
 では、このように、違法とまではいえないまでも、不当な競争を排除し、本来求められるサービス競争を仕向けるには、どうすればよいか。一つの方法は、景品表示法にある公正競争規約の利用である(景品表示法11条)。一種の自主規制であり、これに行政がオーソライズするものだが、当該事業分野における販売方法を行政や消費者の監視下におきつつ、本来望まれる競争を促すための前提がここで整うはずである。活発なサービス競争を促進する競争政策を展開するのは、こうした前提の上で行われるべきであって、まちがっても、対症療法的に、行政指導類似の奇妙な手法で介入をすべきではないのである。

キャッシュバックは「値引き」かそれとも「景品」か

 では、一般消費者に対するスマホ端末の高額キャッシュバック(現金還元)についてはどうだろうか。たしかに、キャッシュバック(現金還元)を経済的に見れば、これは値引きと変わらない。ある財の移転にともない支払われる金銭の総額は、最終的に見ればキャッシュバックも値引きも同じだからである。
 しかし、よく見ると、キャッシュバックは、値引きすなわち単なる対価の減額とは一線を画している。なぜなら、値引きは、ある商品の購入と同時に対価が減額されることであるが、キャッシュバックはある商品の購入と同時に一定の経済的利益を備えた権利を受取り、後日これを行使することではじめて対価の減額(値引き)が具体化する。このプロセスを見ると、キャッシュバックは、むしろ値引きというより景品類の提供に近いように思われる。
 わが国では、景品類の提供は一般的に禁じられてはいない。一般消費者の選択を歪めるような極端なものが禁止の対象となる。ルールの上では、総付け景品(ベタ景品)の場合は取引価額の2割が目安となっている。
 ここで問題となっている一般消費者の対するスマホ端末の「高額キャッシュバック(現金還元)」は、優にこの水準を超えてはいるだろう。ただ、値引きの効果が次回取引時の権利行使を条件とするポイント等の提供とは異なり、まさにその取引に関して後日値引きの効果が得られるキャッシュバックは、消費者を次回の取引に誘引するものではなく、実質的には値引きであるとして、不当な景品類の提供として景品表示法上は問題がないものと扱われてきたのだろうと思われる(つづく)。

スマホ端末の「値引き」が続けられている理由は?

 スマートフォン端末の「極端な値引き」は、端末というハードのみを取引対象としているとの理解に立てば、携帯電話会社がメーカーから買い入れたその端末を販売店に卸した際の仕入原価を割り込んだときに「廉売」となる。しかし、これに対する非難をそれほど聞いたことはない。もちろん、安売りは一見すると消費者のメリットにも適っているようにも見え、批判しにくいという側面はある。しかし、恒常的にこうしたビジネス慣行が「合法的」に続けられているということは、それ以外に理由があるはずだ。
 その理由として二つが考えられる。一つは、その廉売行為が「不当」ではないこと、いま一つは、そもそも「廉売」ではないことである。廉売行為が非難の対象となるのは、前回も述べたとおり、市場独占を狙って、自らと競争関係にある相手を駆逐するために行うからである。だが、大手三社の携帯電話会社の競争の現状を見る限り、ある一社が市場独占を当該行為によって実現するような状況にあるとはいえず、三社相互に拮抗したかたちで競争が展開している。こうした事情を踏まえれば、現状、この市場に政府・公権力が介入する理由をこの点に見出すことは困難といえるかもしれない(もちろん、大手以外の小規模の携帯電話会社(しばしばMVNOという)は、大手三社によるこうした競争のせいで、事業活動の展開を難しくさせられている場合、「不当」な廉売という筋道もあり得る)。
 他方、この行為はそもそも廉売行為といえるのかどうかという問題もある。少なくとも、大手の携帯電話会社のビジネスモデルは、スマートフォン端末本体だけを取引の対象とはせず、携帯電話会社が提供する回線契約と結びつける、いわばセット販売を行っている。二つの性質の異なる財ないしサービスが組み合わさると、廉売行為の評価の前提となる「原価」の捕捉が難しくなる。端末というハードの製造原価ではなく、仕入原価が問題となる本件では、端末単体の原価を捕捉することが比較的容易だが、回線契約というサービスの原価は容易には確定し難い。
 いずれにしても、携帯電話会社やその販売店の価格設定を問題として捉え、これらに介入することは、いくつかの困難を伴う(つづく)。

値引きが、非難されるのはどんなときか

 やや不思議な経緯で姿を消した乗換え顧客に対するスマートフォン端末の「極端な値引き」と「高額キャッシュバック(現金還元)」……。周知のとおり、これらが可能になるのは、大手通信事業者が販売店に高額のインセンティブ(販促費)を支払っているからである。
 「極端な値引き」にしろ、「高額キャッシュバック」にしろ、魅力的な条件で顧客を誘引する手段に違いない。直感的にこれらの行為を非難するのはやさしい。しかし、こうした手段で顧客を誘引する行為それ自体は、通常の事業活動の一環だといえなくもないし、たとえ「極端な」とか「高額」という修飾語がついたとしても、企業は、自らの商品やサービスを魅力的なものに見せ、または、何らかの経済的利益を付するなどして顧客と取引しようと努力するものだから、これ自体、単純に非難することは難しい。
 問題は、どのような場合に、そして、どのような視点から、これらの行為が非難されるべきなのかを明らかにすることが重要である。独占禁止法の解釈と運用は、こうした疑問に対し一定の解答を用意している。
 まず、「極端な値引き」について。あまり考えたことはないかもしれないが、「値引き」とは、購入した商品やサービスの対価の減額のことである。一般に、商品やサービスが安く購入できることは消費者にとって望ましいことであるので、問題となるのは、①実際には存在しない高い価格を提示して、その価格から大幅に割引しているかのように見せる場合である。二重価格という不当表示の問題となる。いま一つは、②自らと競争関係にある相手を駆逐するために、戦略的に低価格販売をする場合である。これは、不当廉売とか掠奪的価格設定とか呼ばれている。低価格というのだから、この市場で成立している市場価格を下回っていることはもちろんだが、より確実には、内部補助(企業内で費用を融通する)などして、製造原価や仕入原価を下回ることで、競合他社が対抗不可能な価格設定が行われていなければならない。
 となると、携帯電話の取引において、一体何を取引しているのかが問題となる。というのも、製造原価や仕入原価といっても、取引の対象が一体なんなのかを確定しなければ、そもそも原価も定まらないからである。とくに、携帯電話の取引はスマートフォン端末だけを取引しているわけではなさそうだ。2年間に及ぶ「縛り」を条件とすることにより、通信サービスも合わせて取引しているように見える(つづく)。

突如姿を消した高額キャッシュバック—今どきの行政指導!?

 報道によれば、大手三社が、MNP(ナンバーポータビリティ:番号持ち運び制度)を利用し、通信事業者を乗換える顧客だけをターゲットにしたスマホ端末の極端な値引きと高額のキャッシュバック(現金還元)に投じる販売促進費は、年1兆円にのぼっていたという(日経201433日朝刊)。
 しかし、そんな極端なプロモーションも、年度を跨いだ41日には、すでに大手三社の販売店からすっかり姿を消していた(日本経済新聞201442日朝刊)。販売店ベースでは、3月中旬あたりからこうした動きが現れていたようである。
 足並みのそろった大手三社による高額キャッシュバックの廃止……。これは、カルテルではないのか?
 カルテルのきっかけは、さまざまだ。原材料費や人件費の高騰といった外的な経済状況によるものもあろう。もちろん、こうした経済状況に対応して、個々の事業者が独自に判断し、価格引上げても、それをカルテルとは言わない。皆で共同して同じ行動をとることが問題だ。
 だから、カルテルには、企業間の利害調整が不可欠である。利害が対立して、皆の合意がうまくまとまらない状況も少なくない。そんなとき、カルテルの成立に行政が手を貸す。わが国でしばしばとられた(/とられる)方法である。あるときは「行政指導」として、またあるときは「天の声」として……。いずれにせよ、これが契機となってカルテルや談合が行われる。
 今回も、それに近い状況があった。やや変則的ではあるが……。
 現在、総務省の情報通信審議会の各委員会において、電気通信事業法についての議論が進められている。この席上、有識者委員の数人から高額キャッシュバック問題が取り上げられ懸念が示された。また、移動体通信各社においてもこのキャンペーンの継続が大きな負担となっていることが指摘された。結果、「あうん」の呼吸が働き、大手三社による高額キャッシュバックの廃止が実現したのだという(日経201442日朝刊)。